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2007年10月20日

万葉集の詳しい内容について

今日は万葉集の詳しい内容について考えました。


『万葉集』(まんようしゅう 萬葉集)とは、7世紀後半から8世紀後半頃にかけて編まれた、日本に現存する最古の歌集である。

天皇、貴族から下級官人、防人など様々な身分の人間が詠んだ歌を4500首以上も集めたもので、成立は759年(天平宝字3)以後と見られる。

書名の由来
『万葉集』の名前の意味については、幾つかの説が提唱されている。ひとつは「万の言の葉」を集めたとする説で、「多くの言の葉=歌を集めたもの」と解するものである。これは古来仙覚や賀茂真淵らに支持されてきた。仙覚の『万葉集註釈』では、『古今和歌集』の「仮名序」に、

やまとうたは人の心をたねとしてよろづのことのはとぞなれりける
とあるのを引いている。ただし、『古今集』の成立は『万葉集』よりも時代が下るので、この語釈が『万葉集』成立後にできあがったものという可能性も否定できず、そのまま『万葉集』の由来としてあてはめることには疑問もある。

その他にも、「末永く伝えられるべき歌集」(契沖や鹿持雅澄)とする説、葉をそのまま木の葉と解して「木の葉をもって歌にたとえた」とする説などがある。研究者の間で主流になっているのは、『古事記』の序文に「後葉(のちのよ)に流(つた)へむと欲ふ」とあるように、「葉」を「世」の意味にとり、「万世にまで末永く伝えられるべき歌集」と取る考え方である。


編者
『万葉集』の成立に関しては詳しくは判っておらず、勅撰説、橘諸兄説、大伴家持説(1番有力)など、古来種々の説がある。『万葉集』は一人の編者によってまとめられたのではなく、巻によって編者が異なるが、家持の手によって二十巻にまとめられたとする説が有力である。


成立
『万葉集』二十巻としてまとめられた年代や巻ごとの成立年代について明記されたものは一切ないが、内部徴証から、おおむね以下の順に増補されたと推定されている。

 (1)巻1の前半部分(1-53番)…原・万葉集

各天皇を「天皇」と表記。万葉集の原型ともいうべき存在。持統天皇や柿本人麻呂が関与したか。
 (2)巻1の後半部分+巻2増補…2巻本万葉集

持統天皇を「太上天皇」、文武天皇を「大行天皇」と表記。元明天皇の在位期を現在としている。元明天皇や太安万侶が関与したか。
 (3)巻3?巻15+巻16の一部増補…15巻本万葉集

契沖が万葉集は巻1?16で一度完成し、その後巻17?20が増補されたという万葉集二度撰説を唱えて以来、この問題に関しては数多くの議論がなされてきたが、巻15までしか目録が存在しない古写本(「元暦校本」「尼崎本」等)の存在や先行資料の引用の仕方、部立による分類の有無など、万葉集が巻16を境に分かれるという考え方を支持する証拠は多い。元正天皇、市原王、大伴家持、大伴坂上郎女らが関与したか。
 (4)残巻増補…20巻本万葉集

延暦2年(783年)頃に大伴家持の手により完成。
ただし、この『万葉集』は公に認知されるものとはならなかった。延暦4年(785年)、家持の死後すぐに大伴継人らによる藤原種継暗殺事件があり、家持も連座したためである。その意味では、『万葉集』という歌集の編纂事業は、恩赦により家持の罪が許された延暦25年(806年)にようやく完成したといってよい。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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